ビルやマンションの外壁を、足場を組まずに直す――。ロープ一本で空中に降り、調査から補修までを担う「ロープアクセス」という技術があります。関西でその市場を切り拓いてきたのが、大阪・東大阪市に拠点を置く株式会社ギアミクスです。
代表取締役の矢部 明良氏は、もともと建設業の出身ではありません。北新地でキャバクラの店長を約10年務めるなど、一貫して接客・サービスの世界を歩んできた人物です。「建築の“け”の字も知らなかった」と笑う矢部氏が、なぜこの仕事に出会い、わずか数年で関西有数のロープアクセス会社をつくり上げたのか。
その答えの根っこにあったのは、「すべての仕事はサービス業である」という、徹底した顧客目線の哲学でした。技術論にとどまらない、“人”と“価値”をめぐる対話をお届けします。
接客業の仕事を経て、ロープアクセスの世界へ
――本日はよろしくお願いいたします。まずは、矢部社長ご自身の自己紹介からお願いできますか。
矢部氏: よろしくお願いします。株式会社ギアミクスの代表取締役、矢部明良です。今42歳で、会社は2016年の12月に立ち上げました。ちょうど10期目になります。
実は、会社を立ち上げる前は、北新地でキャバクラの店長をしていたんです。20歳くらいから始めて、10年ほど。ほかにもスクラップ屋などいろいろやりましたが、振り返るとずっと接客業が中心でした。だから、顧客満足度とかホスピタリティとか、サービス業の感覚が自分の素地になっているんです。
――そこから、どうやってロープアクセスという仕事に出会ったのでしょうか。
矢部氏: あるビジネスコミュニティで出会った、ビルメンテナンス会社の部長さんがきっかけです。すごく感情豊かでいい方だなと思ってお話ししていて、「あなたの夢は何ですか」と聞いたら、「ロープアクセスをやりたいんです」と。
話を聞いていくと、ロープアクセスってすごく有用性があるんですよ。ビルオーナーさんも救えるし、コストもぐっと安くなる。喜ぶ人がめちゃくちゃいるな、と。調べてみると、関西にはほとんどやっている会社がない。これは社会の役に立つ仕事だ、ぜひ自分が広めたいと、一心で思いました。建築の知識はゼロでしたけどね。
それで、初めて会ったその人と「一緒にやりましょう」と。建築は分からないから技術面はお願いして、僕は営業をやる、という形でスタートしました。
足場を組まずに街を直す――ロープアクセスという仕事
――改めて、ギアミクスの事業について教えてください。
矢部氏: 柱は大きく三つあります。一つ目が、創業のきっかけになった衛生環境事業。スーパーマーケットの売り場の天井などに出るカビを、張り替えるのではなく洗浄で落としていく仕事です。これまで80社以上のスーパーマーケットで3,000件以上の実績があります。
二つ目が、ロープアクセスによる建築事業。主に外壁の調査と補修です。ビルやマンションはもちろん、最近では鉄道事業者の駅舎や橋梁の調査、夜間のメンテナンス、万博関連の膜屋根の設置工事なども手がけました。シーリング、塗装、タイルの張り替えや注入、防水、配管、看板、照明……と、ロープアクセスでできることはかなり幅広いです。
三つ目が、電気工事。高圧電気工事、いわゆるキュービクルの中の更新工事などです。これもまだ手がける会社が少ない領域ですね。
――基本的に自社施工なのですか。
矢部氏: そうです。ほぼ自社の社員でやっています。もちろん社員ごとに得手不得手はありますが、シーリングも塗装も、ある程度は全員ができるように育てています。
ロープアクセスで“補修まで”できる会社って、関西では本当に少ないんですよ。調査だけならまだしも、修繕までしっかりできて、しかも腕が確かとなると、ほとんどない。東京は高い建物が多くて少しずつ広がっていますが、関西はまだこれから。だからこそ、自分たちで市場を開拓していく面白さと難しさがあります。

なぜ広まらないのか――“知られていない”という壁
――それだけ有用なのに広まっていないのは、なぜなのでしょう。
矢部氏: 一番は、単純に「知られていない」ことです。お客様は、外壁といえば足場を組むのが当たり前だと思っている。だから「ロープでやります」と言っても、「何それ?」となってしまう。資料でご説明して、分かってもらうところから始まります。
最近も、ある現場で「どうしてもっと早く来てくれなかったの」と言われました。費用を出したら「足場の5分の1じゃないか」と。知らないだけで、損をしている方がたくさんいるんです。
もう一つは、大手があまりロープアクセスを使いたがらないこと。30年以上前は「ブランコ」といって、木の板に乗って降りる危険なやり方が主流で、当時かなりの方が亡くなった歴史があるんです。だから特にベテランや年配の方には、「ロープ=危ない」というイメージが根強い。スーパーゼネコンさんからは、敬遠されがちですね。
それに、管理・監督する立場の方は、ロープで降りてまで現場を確認しには行けない。「ちゃんとやってくれたのか」を確かめにくい。つまり、信用の問題でもあるんです。
弱者の戦略とブルーオーシャン――コストは5分の1にも
――会社としての強みは、どこにあると考えていますか。
矢部氏: 会社としての強みは、「弱者の戦略」を徹底していることです。要は、ニッチでマーケットは小さいけれど、粗利率が高く、競合が少ない領域を狙う。ブルーオーシャンですね。
スーパーの天井のカビ取りも、ロープアクセスの外壁工事も、市場が小さいので大手はやりたがらない。ちょうど「すき間ビジネス」なんですよ(笑)。だからこそ、まだライバルが少ない。高圧電気工事も同じです。
そして何より、圧倒的なコストメリットがあります。足場を組む工事に比べて、ロープアクセスなら5分の1、場合によっては10分の1になることもある。2000万円と言われた足場工事が200万円で済んだ、というケースもありました。キュービクルの更新も、500万円の工事が300万〜350万円ほどに収まる。お客様にとっては、大きな差です。
――営業の進め方にも特徴があるそうですね。
矢部氏: もう一つの強みは、営業力ですね。営業畑出身の72歳の専務と飛び込みでどんどん入っていきます。スーパーのカビ除去のお客様も、7割くらいは飛び込みから。たとえば「カビでお困りじゃないですか」と入って、まずカビ対策で信頼してもらう。そこで仲良くなって、次は外壁、次は電気と、横展開していく。ワンステップ入れてから広げていく戦略です。
それから、足場屋さんや大規模修繕の会社さんと“喧嘩”するつもりは全くないんです。むしろ協業したい。たとえば敷地が狭くて一面だけ足場が組めない、という現場では、三面は足場、残り一面だけうちがロープでやる、という形で一緒に作業します。お互いに仕事になるので、喜んでもらえます。
報告書は「現場を見られない人」のために
――先ほど「ちゃんとやったかを確かめにくい」という話がありました。そこをどう解決しているのですか。
矢部氏: 報告書の精度です。これはうちが他社さんと大きく違うところだと思います。
普通の報告書って、「見ました」「ここに不具合があります」くらいしか書いていないことも多い。でもうちは、工程を一つひとつ写真付きで残します。何をして、どこのメーカーのどの材料を使ったか、全部書く。途中経過、ビフォー・中間・アフターまで撮ることもあります。
なぜそこまでするか。現場を見に行けない方のためなんです。お客様――ビルオーナーさんは、建築の専門家ではありません。だから、建築を知らない人が見ても分かる報告書にしないと意味がない。文章より、絵や写真で伝わるものにする。それが、見に行けない人にとっての「証明」になるんです。
――指示された範囲の外まで見る、とも伺いました。
矢部氏: そうなんです。たとえば8階建てのビルの7階だけを指示されても、ついでに6階や8階も見たりする。「今こういう状態だから、近々やった方がいいですよ」と、写真付きで報告する。目地の異常やひび割れがあれば、そこも撮って伝える。
お客様がどうしたら嬉しいかを起点に考えると、自然とそうなる。そういうホスピタリティの積み重ねで、今の報告書ができあがっています。

「作業員はいらない。全部サービス業」――社員教育の核
――矢部社長が社員の方に一番伝えていることは何ですか。
矢部氏: 「作業員はいらない、サービスマンであれ」ということです。これは全員に言っています。
すべての仕事は、突き詰めればサービス業なんですよ。お客様がどうしたら喜ぶかを考えるから、何をすべきかが決まる。「やれと言われたからやる」「何も考えずに作業する」――それは仕事の本質じゃない。たとえば、雨漏りの原因かもしれないことに気づいているのに、指示された範囲じゃないからとスルーする。それは仕事とは言えないと思うんです。
僕の感覚では、建築の“当たり前”がないことが、むしろ強みなんです。建築が長い人は、業界の当たり前で考えてしまう。でもうちは、お客様目線の当たり前で育てられる。
――服装や対応にもこだわっていらっしゃるとか。
矢部氏: 身だしなみは大事にしています。汚い格好で来られると、お客様は「仕事も汚くて雑じゃないの?」という印象を持ってしまう。だから、きれいな格好で、丁寧な言葉遣いや所作を意識する。レスポンスの速さも同じです。全て姿勢が出るんですよ。
うちのロープアクセスの責任者はアパレル出身で接客が好きなこともあり、お客様とじっくり向きあって対話をします。施工品質に関しては、スピードを競うより機能をしっかり果たせる施工を丁寧にやる。それが結果的に、お客様の困りごとを解決することにつながると思っています。
命綱の仕事だからこそ――安全は“文化”で守る
――一歩間違えれば命に関わるお仕事です。安全には、どう取り組んでいますか。
矢部氏: 基本はフルハーネスの着用と、現場でのKY(危険予知)活動です。装備のチェックも、自分一人ではなく、バディ(相方)同士でも確認し合います。ロープアクセスの装備は定期的に交換が必要で、フルセットを揃えると数十万円かかりますが、そこは惜しみません。
ただ、僕が一番大事だと思っているのは、もっと細かいところなんです。
例えばですが、うちは出入り口のシャッターを定めたラインまで開けるようにしています。シャッターが定めたラインまで上がっていないのにそのままバックしてしまうとシャッターや車両が破損してしまう可能性があります。
しかしある日、入社したばかりの新人が定めたラインまで開けていなかった。その日は車両が出入りする予定はなかったですが、そんな日でも「定めたラインまで開けていなかった」ことに対して、僕はすごく怒ったことがあります。
――そんな細かいところまで、ですか。
矢部氏: そうなんです。神は細部に宿ります。定めたラインまでシャッターを開けるなんて誰でもできます。私は彼に「そんな些細なことも徹底できない奴に一体何ができるのか」と伝え、「これくらいいいかという些細なの積み重ねが命取りになる」と続けました。
つまりは、最初は些細な事象であっても、それが積み重なっていき、そのうち会社の文化になり、空気になり、当たり前になって、最終的に事故を起こす。順番はいつもそうなんです。
文化になってしまってからでは戻すことは困難です。だからこそ、まだ小さな段階で、何度でも「当たり前の基準」をそろえる。安全は、ルールだけじゃなくて“文化”で守るものだと思っています。
目的から考える。そして「人生から関わる」
――新しく入ってきた方を、どう育てているのでしょうか。
矢部氏: 私は社員に対して人として関わっています。社員の方々は一生ギアミクスにいるとは限りません。だからこそギアミクスに在籍している間に大事なことを掴んでもらいたいんです。それが“目的から考える”ということなんです。
先ほどお話したサービスマンであって欲しいというのは、お客様の要望に応えるというのが目的です。その目的を見失って手段を目的化してしまうことが実社会では本当に多いんです。だからこそ弊社に在籍している間はしっかりその癖を身に着けて欲しいと考えています。
それはつまり人生で関わっていくということなんです。ギアミクスの仕事をする作業者として関わるのではなくて、その人の人生をより良くしていくためにどうするべきかを考えて接しています。そして、本当に素晴らしい人生を自分自身で切り拓いて欲しいと思っています。
――踏み込んだ関わり方ですね。
矢部氏: そうですね。目的意識もそうですが、普段当たり前のようにやっている癖を正していくことも行っています。
たとえばメモの取り方一つでも、「取り方を知らないのに、なぜ調べないの?」と。認知・判断・行動、その基本ができているか。そういう、どんな仕事にも活きる土台も習得して欲しいです。
そして、最も重要なことの一つがコミュニケーションです。復唱や目的から話すというテクニカルなことはもちろん、言葉が世界を作るのだから諦めずに自分の思いや考えを素直に伝えること、腹を割って分かち合うこと、相手の声や気持ちに耳と心を傾けること。
これらは、会社の中だけでなく、友人や家族との関係という自分自身の人生に必ず活きてきます。
ブルーカラーの価値を、もっと面白く
――建設業界に対して、世の中の見方とのギャップを感じることはありますか。
矢部氏: 正直に言うと、僕はあまり建設業の社長さんと会話が合わないことがあるんです(笑)。失礼を承知で言うと、少し固い方が多くて、職人としてのプライドはあっても、目的意識やイノベーションという面では物足りなさを感じることがある。「もっと面白い建設会社の社長がいてもいいのにな」と。
いま、AIの普及でホワイトカラーの仕事が置き換わっていくと言われています。その中で、手を動かすブルーカラーの価値が、むしろ見直されていく。なのに、その業界の社長さんたちがあまりイノベイティブじゃないのは、もったいないなと思うんです。
プロモーション、デザイン、ネーミングのセンス――そういう企画力が、建設業界はまだまだ弱い。大手でも下手だなと感じます。だからこそ、僕はそこを面白くしていきたい。
――若い世代へのメッセージにもつながりますね。
矢部氏: ロープアクセスは、誰でもできる仕事じゃないんです。建築の知識と技術、その両方がいる。それだけ貴重で、特殊で、価値のある仕事です。だから、ありがとうと言ってもらえる機会も本当に多い。街を守れて、感謝される。
うちのスタッフがロープアクセスで作業をしていると、小学生に「スパイダーマンだ!」って言われるんですよ。実際にやっているのはシーリングなど地味な作業なんですけどね(笑)。でも、子どもたちが憧れてくれる。そういう、夢のある仕事なんです。
ロープアクセスを、ビルメンテナンスのスタンダードに
――これから目指していることを教えてください。
矢部氏: ロープアクセスを、ビルメンテナンスの“スタンダード”にしたいんです。今はまだ「足場が当たり前」ですが、「外壁ならロープに頼めばいいよね」と言われるくらいにしたい。
そのとき、「ロープでやるならギアミクスでしょ」と選ばれるブランドになりたい。これだけコストがかかっていたものが、こんなに分かりやすく、安くなる。それを一人でも多くの方々に届けたい。150万円かかると思っていた工事が30万円で済んで、「めっちゃ良かった」と言ってもらえる。コスト面以外でも足場が組めないから諦めていた雨漏りが、ロープアクセスなら解決できて感謝される。
単純に、それが嬉しいんです。
ドローンなど新しい技術も出てきていますが、人の手でしかできない部分は必ず残る。日本には「ものを大切に長く使う」という文化がありますし、丁寧な日本の建築技術とロープアクセスを組み合わせれば、大きな魅力と可能性があると確信しています。

読者へ――良い会社を「知ってもらう」ことから
――最後に、建設Biz JAPANの読者へメッセージをお願いします。
矢部氏: 世の中には、社会貢献につながる素晴らしい取り組みをしているのに、それを表に出していないために知られていない会社がたくさんあります。
僕たちの仕事は、地図に残る、物として残る仕事です。うちのスタッフも、自分が施工した建物の前を通るときに「これ、何年前に自分がやったんだ」と誇りを持てる。そういう良い会社や良い仕事を、メディアを通じてしっかり知ってもらいたい。
そのうえで、読者の皆さんには、思い込みではなく、ちゃんと知ったうえで、自分が何に価値を感じ、どう生きるかを判断してほしい。だからこそ僕も、オンラインメディアを積極的に活用していきたいと思っています。
――本日はありがとうございました。
矢部氏: ありがとうございました。

東大阪の味で温かくもてなしていただき、忘れられない取材となった。ありがとうございました。
まとめ
今回お話を伺って強く感じたのは、矢部氏の言葉には一貫して「お客様目線」という軸が通っているということでした。
建築の専門家ではないからこそ、業界の“当たり前”にとらわれない。足場を組まずにコストを劇的に下げ、誰が見ても分かる報告書を残し、「作業員ではなくサービスマンを育てる」。その一つひとつが、顧客にとっての価値から逆算されています。
ニッチな市場を選び抜く戦略、命を守る安全文化、そして「人として関わっていく」という育成観。ロープアクセスという特殊な技術の背後にあったのは、きわめて普遍的な仕事の本質でした。ブルーカラーの価値を、もっと面白く――。その挑戦は、これからの建設業に新しい風を吹き込むはずです。
企業情報
株式会社ギアミクス
代表取締役:矢部 明良

